母の日はいつ?由来は?母の日の花は何故カーネーションなの?

5月といえば、ゴールデンウイークや端午の節句、

母の日と何かと忙しいですよね。

そもそも、母の日っていつからあるんでしょうか?

母の日にカーネーションを送るのが定番になっていますが、

何故カーネーションなのでしょうか?

気になって調べてみたので、

これを機にあなたも母の日の由来など、おさらいしませんか?

いいですか?

では、行きますよ--ー!!

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母の日はいつ?

母の日は、色んな所でフェアとかもしているので、

それくらいは分かるよーーー

と思われるかもしれませんが、

5月の第2日曜日です

その年によって日にちが違うので、

その点では、少し覚えにくいですね(^-^;

5月10日とか決まっていれば覚えやすいんですけどね。

ちなみに、

2018年 母の日は 5月13日

2019年 母の日は 5月12日

となってます。

ご参考までに(*^^*)

母の日の由来は?

それでは、そもそもの由来はなんだったのでしょうか?

気になりますよね?

母の日の由来

母の日を祝う行事は、さまざまな説があり、

1 はるか昔、古代ローマ時代のローマで、
神々の母リーアに感謝するための春祭りが行われていたという説

2 ギリシャ時代、春になるとレアという“神々の母”といわれる女性の神様を
たたえる祭りが行われていたという説。

3 17世紀のイギリスで、
復活祭(イースター)の40日前の日曜日を「マザーズ・サンデー」とし、
母親と過ごすために出稼ぎ労働者を里帰りさせていたのが広まったからなどの説もあります。

その中でも現在のような母の日が行われるようになったのは、
1908年、アメリカから。

きっかけは、アメリカのフィラデルフィア住む、

アンナ・ジャーヴィス(Anna M Jarvis)という一人の女性でした。

彼女の母親は1905年の5月に天国に召され、

母親を深く愛していたアンナは、

自分を苦労して育ててくれた母親の命日に追悼の意を表し、

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フィラデルフィアの教会で

「亡き母をしのぶ」という花言葉の白いカーネーションを

霊前にたくさんたむけ、母親を偲びました。

このことが参列者に大きな感動を与え、全米へと広がっていきました。

これを機に、アンナは支援者と共に、母に感謝の気持ちを捧げる休日を作るよう、

全国的な「母の日」の普及運動を始め、

母親の命日にはウェストバージニアの教会で「母の日」を祝いました。

これが、5月の第2日曜日でした。

次第にこの運動は広まっていき、やがてその声は大統領にまで届いて、

ウィルソン大統領の提唱でアメリカ議会は、

5月の第2日曜を「母の日」と定め、

国をあげてお母さんに感謝の意を示すこととなりました。

日本に母の日が伝わったのは、

大正時代、当時青山学院の教授だったアレクサンダー女史により紹介され、

キリスト教関係の団体が中心になってこれを広めました。

昭和に入り、3月6日の皇后誕生日が母の日となりましたが、

一般に普及して行ったのは、第二次大戦後。

アメリカの母の日にならって、

5月の第2日曜日を母の日と定められました。

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母の日の花は何故カーネーションなの?

母の日は盛大にカーネーションが花屋の店頭に並びますが、

しかしそもそもなぜ、

「母の日」に贈る花は、カーネーションなのでしょうか?

カーネーションは”母と子”や”母性愛”を象徴する花

カーネーションの花言葉は、「母の愛情」5月の誕生花でもあります。

また、母の日を作ったアンナが、母親の大好きだった白いカーネーションを、

追悼会で配ったことから来ています。

母の存命する者は赤いカーネーションを、

母を亡くした者は白いカーネーションを自分の胸につけるようになり、

やがて母へ花を贈るようになりました。

日本では、「母の日」が普及した当初のカーネーションは造花でしたが、

現在は生花が中心で、色も赤ばかりではなく、ピンクやオレンジなど

カラフルな色合いも楽しまれています。

母の日の由来のまとめ

それでは、おさらいをしましょう!

母の日は毎年5月の第2日曜日です。

母の日の由来。

きっかけは、アンナ・ジャーヴィス。

1908年、アメリカ議会は

5月の第2日曜を「母の日」と制定。

日本に母の日が伝わったのは、大正時代。

一般に普及して行ったのは、第二次大戦後。

いかがでしたでしょうか?

よければ、参考にしてくださいね!

それでは(*^^*)

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